ビジネス環境の変化に対応しながら組織の中で人材をいかに育てるのか、これは日本に限らず世界中の企業が直面する共通の課題です。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の教授を務める傍ら、キャリアに関する数多くの著書がある高橋氏に、人材育成におけるリーダーの役割について講演していただきました。朝一番の講義にも関わらず数多くの方が会場に詰めかけ、会場は熱気に包まれていました。
日本における組織の中での人材育成は、バブル崩壊まではOJTなどが日本の強みといわれていましたが、現在ではこのままの仕組みでは人は育たなくなってきたという危機感が強まっています。特に日本においては、研修や自己啓発というOffJTの分野では、主要先進国や新興国と比較して極めて見劣りしており、自分の子供にお金をかける割に、自分自身には、お金をかけないという珍しい国です。しかし、リストラなどの影響も含め、さまざまな要因からOJTそのもので人を育てることが難しくなっていると高橋氏は指摘します。
そして、日本ではOffJTをもっと積極的に行う必要があるが、職場学習がより重要だと高橋氏は力説します。
「旧来のOJTとは少し異なるもので、“教える”のではなく“育つ環境を職場に埋め込む”というワークプレイスラーニングとか職場学習にあたるような組織の作り方をする必要があります。特に、上下関係の流動化や非正規雇用の増加などにより育成意識の低下を招いているばかりか、仕事における専門化や高度化、さらにはITによるブラックボックス化によって上司が部下に仕事を背中で見せられず、部下の仕事内容もわからなくなっている。つまり、“ITで仕事が見えない化”してしまっているのです」
中高年が持つスキルの陳腐化も課題であると高橋氏は危惧します。社長の家の前を毎朝掃除することで取引につなげた経験を営業本部長が部下に伝えたところ、実際に実行した部下が出入り禁止となってしまった実例もあるほど。具体的な経験を教えると、むしろ逆効果になるケースもあるのです。また、若者の社会性の低下やうつの症例なども増えているのが実態です。
では、どうすればいいのでしょうか。高橋氏は、リーダーの健全な人間観の構築が必要だと力説します。
「心理学者のダグラス・マグレガーが証明しているのは、上司が固定観念を持って部下と接すれば部下もその通りになってしまい、それが続いて悪循環を招くということ。ある流通業で起こった実例を挙げ、リーダーの健全な人間観が非常に重要なことを紹介。特に固定観念というものは、それぞれの個を尊重するダイバシティーの世の中には非常に危険です。その意識をリーダー研修などを通じて変える努力をするべきです」
次に、人材開発会議の重要性について高橋氏は語ります。人材開発会議は、経営幹部となる候補生たちをリストアップし、経営会議などで1人ずつ具体的に育成の方向性を議論する場です。実は、人材育成は「総論賛成各論反対」の典型となりがちですが、育成の方向性を全体で議論し、自分の部署から人材を手放す決断も時には必要となります。
「また、リーダーの育成には、意図的試練の付与が必要不可欠です。組織の壁を越えたタスクフォースなど意図的な試練を与えることがリーダー育成には必要です。ほかにも、上司だけでは部下を育てられないため、部下や同僚、他部門の人も含めた多面的なフィードバックが欠かせません。つまり、人材開発会議を部門や現場に落として草の根的に行っていく必要があるのです」と高橋氏は力説します。
では、育成的コミュニケーションとはどういったものなのでしょうか。職場学習を研究している東京大学の中原淳准教授の調査では、本人の成長に資するコミュニケーションには、業務に関係した「業務的支援」、気づきや理解のきっかけを作る「内省的支援」、そして失敗しても大丈夫だと部下をサポートする「精神的支援」の3つがあるといいます。成長に資するコミュニケーションとの相関関係が高い相手としては、業務的支援では同僚、内省的支援では先輩、精神的支援では上司だという結果が出ています。つまり、リーダーの役割は、同僚同士が教えあう職場の風土を作り、先輩が内省的な働きかけをしてあげるのをサポートすること。そして、上司がやるべきコミュニケーションは、精神的支援をしてあげることであると高橋氏は主張します。
職場学習の推進という観点では、高橋氏が行った1400人に対するアンケート調査で成長実感との相関関係が高かったものが、目に見える具体的な成果を求めるプレッシャーの高さ、いわゆる成果主義にあたるもの。程度の差こそあれ、プレッシャーともいえる成果主義がないと若者は成長することができないのです。その次に高い要素が横のコミュニケーションです。これは、職場でお互いに課題を共有し、相談できる職場環境であるかどうか。高橋氏は、ある航空会社の例をあげ、ブリーフィングも大事だが、一番大事なのは職場における反省会などのデブリーフィングだと高橋氏は力説します。また、顧客が求めているものをしっかりと把握し、それに応じて複数の引き出しを持てる感受性豊かな人材を育てているトヨタの例を紹介。オフィスレイアウトひとつとっても、多くの人がブレストに自然に参加できるようなレイアウトを作ることで、自分の実力を確認できる場を作ることもリーダーには求められると説きます。
「研修も積極的に活用していく必要がありますが、特にラインの方と人事部門が研修のニーズについて密に議論していくことが求められています。特に、新しい戦略を実行するためには、新しいスキルを身につけるための研修は不可欠であり、場数が踏めない経験を補うことができるのも研修ならでは。特にリーダーは、研修の目的と動機づけをしっかりと部下に伝え、研修後には学習の効果を共有するなど事後学習の機会を持つことが重要です」
現代の管理職に求められる重要なものに、ソフトリーダーシップと呼ばれるものがあります。高橋氏は、リーダーシップをハードとソフト、言い換えると縦と横のリーダーシップと表現します。
「縦のリーダーシップは、いわば『戦国武将に学ぶリーダーシップ』で、命を預けても構わないという強烈な縦型リーダーシップです。しかし、今注目しなくてはいけないのが、横のソフトリーダーシップです。上下関係がなかったり違う価値観やプライオリティなどを持って動いていたりする人を、間接的な影響力でリードし、自分のシナリオに沿って物事を進めていく、これが横のリーダーシップです。一番高度で難しいリーダーシップは、実は部下に対するものではありません。ここで大切になるのが、多様性に対する感受性です」
また、高橋氏は次のように続けます。
「この多様性に関する感受性とは、『人にされて自分が嫌なことは人にしてはいけない』では不十分だということです。例えば、人の気持ちを理解したいと思う人とそうでない人がいるように、好奇心旺盛な人とそうでない人もがいます。これは心の傾向であり、最近の研究では動機は生まれつきの部分もあるという報告がなされています。例えば、切迫性が非常に強いと自らを分析する高橋氏が銀行のATMに並んだ場合、前の人がモタモタしているといらいらします。しかし、切迫性がない人にとって、一番腹立たしいのはせかされることです。これは、お互い理解できないことであり、夫婦げんかの原因の典型的な例だと指摘すると、会場のあちこちから笑いが漏れてきました。要するに、自分が嫌なことが相手にとって嫌なことだとは限らないのです。それを理解するのが感受性と呼ばれるものなのです。実は、部下を使って仕事ばかりしていると、実はこの横のリーダーシップは育たないのです」
最後に行動特性に関しては、習慣化することが何よりも重要だと高橋氏は力説します。無意識無能の状態から気づきを与えることで意識無能へ、そして努力と練習で意識有能へ、それを繰り返して習慣化することで無意識有能へと変わっていきます。ここまでいかないと思考行動特性にはなりません。意識し努力することを3〜6カ月続けるという継続が重要だと説きます。
仕事をしながら職場でみんなが学んでいく、職場学習をするには、さまざまな切り口が求められます。職種によっても変わってきますが、ラインや人事部門が共同してオーダーメイドで人が育つ組織を作っていただきたいと高橋氏は最後に締めくくりました。
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